コロナウイルス感染後に風邪を引きやすくなったり、一般的な感染症に脆くなるケースが多く見られます。モロッコで行われた調査では、コロナウイルス感染でICUに入院した患者の6割以上でリンパ球減少症が見られたことが分かっています。リンパ球減少症はエイズや低栄養状態で起こる病気で、日和見感染の原因になります。
この背景には、人間の免疫系がコロナウイルスとの遭遇に際して大混乱を起こしやすいという点があります。むしろ、コロナウイルスが人間の免疫系にフォローをしている場面も存在します。このウイルスが人間の遺伝子の働きを「ハイジャック」するというのはこれまでの投稿で既に書いた通りで、ACE2受容体と抗ウイルス性のインターフェロンを分泌するACE2受容体を発生させた細胞では、ウイルスがインターフェロンを分泌する方のACE2の遺伝子を沈黙させ、普通のACE2遺伝子を活性化させるなど、人間の遺伝子の働きを完全に「理解」しているように見られるケースもあります。その中でもこのウイルスにとって特に「成功」しているのは、インターロイキン6とSTAT-3(シグナル伝達兼転写活性化因子3)の相乗効果を引き起こす作用です。STAT-3は細胞の外から来た情報を遺伝子に伝え、その時々で最適な遺伝子を働かせる伝達役です。特にSTAT-3は細胞の分化を担い、癌細胞の増殖で大きな役割を果たしています。コロナウイルスに感染された内皮細胞はインターロイキン6という炎症性サイトカインを大量に放出します。さらに、ADAM17という酵素がこれに加えてインターロイキン6受容体をも増やします。これは腫瘍細胞でよく見られるSTAT-3の過剰活性化の風景で、インターロイキン6に刺激されて過剰活性化されたSTAT-3はインターロイキン6をさらに増やすという正のフィードバックを返し、インターロイキン6とSTAT-3の無限相乗効果がここで発生することになります。
コロナウイルスは細胞に感染したあと、SOCS1やSOCS3などのサイトカインシグナル伝達サプレッサーを刺激して、活性化させます。これらはSTAT-3を抑制する働きを持つため、コロナウイルスにとっては不利になりますが、同時に抗ウイルス性のインターフェロンをも抑制するので、ウイルスにとっては「肉を切らせて骨を断つ」かたちになるのでしょう。実は、人間の細胞はコロナウイルス感染に際して、このウイルスの前にSOCS1などに関する遺伝子を抑制し、インターフェロンとは独立に抗ウイルス作用を起こそうとします。しかし、このSUMOylationと呼ばれる過程がウイルスに逆利用され、コロナウイルスの複製を助ける結果になります。
こうしてコロナウイルスと人間の細胞のやり取りの結果異常活性を起こしたSTAT-3は、Th17細胞の異常活性も引き起こします。これによって、インターロイキン17などの非常に炎症性の高いサイトカインがさらに生成されます。Th17細胞の異常活性はMERSや初代SARSでも確認されていました。また、STAT-3の異常は肺損傷にも関連しており、特発性肺線維症の患者やブレオマイシン誘発性肺線維症のマウスから採取された肺生検で検出されています。さらに、キラーT細胞、ナチュラルキラー細胞の抑制を起こし、T細胞の枯渇を引き起こします。そして、STAT-3によって増幅されたインターロイキン6はリンパ球の生成を破壊します。
インターロイキン6とSTAT-3の間の相乗効果が招くこれらの免疫不全は、コロナウイルス感染の重症化を超えて、ウイルスが去ったあとにも続く長期障害の一部を説明できる可能性があります。コロナウイルス感染に伴い、一時的にSTAT-3の機能を抑制する方法が見つかれば、多くの命と健康が守られることになると思われます。
Comments