コロナウイルス感染の機序はエピジェネティック作用から見ないと解明できないという理解が広がりつつあります。肺や血管、脳といった個々の臓器の炎症だけを見る段階から、T細胞やマクロファージなどの免疫細胞を追いかける段階を経て、分子生物学の次元にやっと真理を見いだせそうです。しかし、このウイルスがどのようにして人間の遺伝子のオン・オフを操作しているのかという仕組みについては未だよく分かっていません。これは、ウイルスが細胞に侵入する瞬間から自己複製する過程、そして宿主の免疫自身の反応などによっても何重にも影響を受けるためです。
しかし、その中でもわずかに解明されてきている仕組みは標題のとおり、このウイルスが直腸がんの免疫抑制機能を模倣している点にあります。これはCMTR1というタンパク質で、本来はウイルスに対するインターフェロンの働きを上昇させる機能を持っていますが、それと同時に直腸がんの成長を促し、免疫機能を抑制する働きを持っています。コロナウイルスは、人間の細胞に侵入するとnsp-5というプロテーゼによって直ちにnsp-16というタンパク質を生成します。これは、CMTR1を模倣したタンパク質であり、人間の細胞にとっては見分けがつきません。さらに、このnsp-16は非常に不安定で膨大なバリエーションをもちますが、人間のCMTR1はほとんど変化しません。そのため、nsp-16をターゲットにした免疫反応や薬剤の開発は非常に難しいと思われます。そして、この不安定なタンパク質を安定させるために、コロナウイルスはnsp-10という別のタンパク質を用意しており、nsp-10がnsp-16と結合することで人間の細胞内でCMTR1ミミックとして機能します。
これは人間のU1とU2という小さいRNAに結合することで、人間の遺伝子がタンパク質を合成するプロセスをハイジャックします。具体的には、非生産的スプライシングといわれる翻訳過程を増加させ、機能することのない不毛なタンパク質を人間の細胞に大量に生産させます。その傍らで、ウィルスなどの抗原ペプチドをCD8陽性T細胞に提示するMHCクラスIなどの生産を抑制し、自分自身が入っている細胞がキラーT細胞に発見されにくくします。これは不毛なタンパク質の生産によってMHCクラスIなどの生産が抑制されてしまうためです。これと同時に、OAS1という抗ウイルス自然免疫タンパク質の合成が、完了する前に終了する処理をすることで、細胞の抗ウイルス作用を抑制。さらに、これによってRNAの品質管理と過剰発生抑制を担うNMD経路をダウンさせます。
まとめると、以下のようになります。
1. コロナウイルスはインターフェロンの働きを活発化させ、一方で直腸がんの成長と免疫回避を担うタンパク質を模倣するプロテインを合成する。
2. このプロテインは、変異の速いコロナウイルスの中でも特に不安定で多くのバリエーションを持つため、対応が難しい。
3. この不安定なタンパク質を安定させるための別のタンパク質をコロナウイルスは持っており、必要に応じて変化を止めることができる。
4. このプロテインは人間の遺伝子の不毛な部分のスプライシングを増大させることで、抗原提示に必要な分子の生成を抑制する。
5. また、抗ウイルス自然免疫タンパク質の生成を未熟な状態で完了させることで細胞の抵抗力を失わせ、また、RNAのクオリティー管理機能をダウンさせる。
これらはウイルスにとって膨大な試行錯誤の結果「発見された」機構なんだと思いますが、興味深いことにサイトカインやケモカインの生成に関する遺伝子には手を付けないことがわかっています。つまり、サイトカインなどはコロナウイルスの自己複製にはほとんど影響しないために選択圧がかからなかったからなのか、むしろ炎症が起こる方が何か好都合なことがあるのか、今後も分析を続けていきたいと思います。
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